エジプト旅行の事(1) ― 2026/08/09
そう言えば、年末年始のエジプト旅行の事を書いていない。
帰国後の体調不良のせいで生活のリズムが大きく崩れ、矢継ぎ早に変化する不具合のことで頭が一杯だったもんだから、とても旅行記を書こうという気になれなかった。
さて、今回の旅行は2008年以来13年ぶりで、私にとっては23回目のエジプト訪問となった。遅れに遅れたGEM(大エジプト博物館)の正式開館が昨年11月だったので、いつにも増して観光客が殺到する状況になるのは分かりきっていたので、私としてはもう少し先でいいんじゃないかと思っていたが、娘夫婦の都合でどうしてもこのタイミングでなくては無理ということなので強行したというのが実情だ。とにかくホテルも航空便の手配も大変だったと娘が言っていた。LCCを使い韓国仁川からAbū Dhabī経由でカイロに入り、そのままルクソールに向かうという強行軍だった。とにかく無理な乗り継ぎでAbū Dhabīでは8時間半の待ち時間だった。
ともかく問題なく目的地に着いたのだが、いきなり我が研究フィールドのルクソールということで、ホテルに着いてホッとしたというより、明日からの遺跡巡りの事で胸がざわついて暫く眠れなかった。
旅行記は幾つかに分けて書いていくことにする。
帰国後の体調不良のせいで生活のリズムが大きく崩れ、矢継ぎ早に変化する不具合のことで頭が一杯だったもんだから、とても旅行記を書こうという気になれなかった。
さて、今回の旅行は2008年以来13年ぶりで、私にとっては23回目のエジプト訪問となった。遅れに遅れたGEM(大エジプト博物館)の正式開館が昨年11月だったので、いつにも増して観光客が殺到する状況になるのは分かりきっていたので、私としてはもう少し先でいいんじゃないかと思っていたが、娘夫婦の都合でどうしてもこのタイミングでなくては無理ということなので強行したというのが実情だ。とにかくホテルも航空便の手配も大変だったと娘が言っていた。LCCを使い韓国仁川からAbū Dhabī経由でカイロに入り、そのままルクソールに向かうという強行軍だった。とにかく無理な乗り継ぎでAbū Dhabīでは8時間半の待ち時間だった。
ともかく問題なく目的地に着いたのだが、いきなり我が研究フィールドのルクソールということで、ホテルに着いてホッとしたというより、明日からの遺跡巡りの事で胸がざわついて暫く眠れなかった。
旅行記は幾つかに分けて書いていくことにする。