実家の解体で思うこと ― 2026/08/03

妹からの報告では、この夏お盆の頃、大垣の実家「魚駒」がついに解体される事になったらしい。
父が死に、母が死に、実家を継いでいた弟も逝ってしまい、子供達が相続放棄をし、我々関係者も全員相続放棄したものだから、管財人によって売却されたのだ。幸にしてその購入者は隣人の、幼なじみだったのでホッとしたのだが、いよいよ解体して更地になるというので、正直寂しさと複雑な気持ちでいる。
隣接地とはいえ、ゴミ屋敷同然の家の片付けをし、解体して更地にするといった面倒を引き受けてくれた隣人には感謝しかない。
実家がある所は、大垣城大手門近くの本町と中町に挟まれた魚屋町で、もともと小さな町内だったが、中心には魚市場があり、伊勢湾からの海産物が川や堀を使って集積される、賑やかで歴史的な場所だった。今はもう寂れ、9軒の家で構成される町会になっているらしい。街の中心部も空洞化が進み、至る所にコインパークがあって、昔の賑わいは遠い記憶になっている。あの店も、そして老舗の料理屋や旅館もすっかり更地となり、歯抜けの街並みが痛々しくもある。
さて、感傷的になっても仕方がない。時は過ぎ、人は去り、街は変わってしまうものだということを実感するだけだ。齢を重ねるという事は、多くの別れを経験し、そうした移ろいの目撃者になるという事なのだ。
さて故郷に、私が戻る所が無くなった。

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